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      <title>世界遺産の旅行・場所がわかる</title>
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      <description>世界遺産の旅行・場所がわかるでは、世界遺産の旅行から世界遺産の場所についての知識を紹介しています。</description>
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      <copyright>Copyright 2008</copyright>
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         <title>世界遺産候補　富士山について説明します。</title>
         <description>静岡県と山梨県にまたがる富士山は、日本最高峰の山です。立山、白山と並び、日本三霊山(日本三名山)のひとつに数えられ、日本百名山のひとつでもあります。標高3,776ｍの活火山である、富士山は、1990年代初めから、ユネスコの世界遺産への登録を目指し、運動が展開されてきました。当初は自然遺産への登録が検討されていましたが、環境の管理が困難であることから国の推薦は見送られることになりました。しかし、現在では文化遺産への登録を目指し、2007年に暫定リストに登録されました。今後、ユネスコの世界文化遺産の調査を行う、記念物遺跡会議による審査を受ける予定です。

世界遺産については登録待ち状態ですが、すでに「富士山」は1952年には文化財保護法により、「特別名勝」に指定されています。名勝とは景色の良い土地ということです。また、「富士山原始林」は、1929年に天然記念物に指定されています。さらに「富士風穴」も1929年に天然記念物に指定されました。

富士山の自然遺産登録をめぐっても、自然・文化保護を重視する静岡県側と、観光開発を重視する山梨県側で意見の食い違いが起こりました。富士山有料道路のマイカー規制や、富士登山客のごみ問題、などの問題が続いています。</description>
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         <pubDate>Fri, 04 Jan 2008 23:24:00 +0900</pubDate>
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         <title>世界遺産候補　小笠原諸島について説明します。</title>
         <description>小笠原諸島は、太平洋上にある総面積104㎞２の島々です。東京から約1000㎞です。小笠原諸島は、聟島列島、父島列島、母島列島を含む小笠原群島と、西ノ島、火山列島を指す、南方諸島のほか、南鳥島、沖ノ鳥島といった孤立した島々からなります。父島、母島、硫黄島、南鳥島以外は、無人島です。もっとも、硫黄島、南鳥島に常駐しているのは、自衛隊、気象庁、海上保安庁の関係者のみで一般の住民は父島と母島に居住しています。

小笠原諸島は、生命誕生以来ずっと大陸から隔絶してきたという歴史を持ちます。そのため「東洋のガラパゴス」と呼ばれているほど、島の生物は独自の進化を遂げています。たとえば、オガサワラオオコウモリやオガサワラノスリなどの動物、ムニンツツジ、ムニンボタンといった植物など、固有種が見られます。しかし、人間が持ち込んだ生物や島の開発で、これらの動植物は絶滅の危機に瀕しているのです。

文化的にも非常に興味深く、欧米系住民が話していた英語のフレーズと日本語の八丈方言、さらに日本語の標準語が混じりあい、独自の方言を生み出しています。「小笠原方言」と呼ばれます。また、民俗的にも日本的なものと、ミクロネシア系のものが共存します。2000年に東京都指定の民俗文化財となった「南洋踊り」はミクロネシアの影響を受けた民謡です。</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">10世界遺産（２）</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 04 Jan 2008 01:04:48 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>世界遺産候補　彦根城について調べてみました。</title>
         <description>「彦根城」は、滋賀県彦根市にある国宝の城です。現在、ユネスコの文化遺産に登録されている「姫路城」と並び、国宝に指定されています。また、国の特別史跡でもあります。1992年に日本の世界遺産暫定リストに登録されました。

彦根城は、地理的には湖と山の間の狭い平地に立地し、東国と西国の結節点に位置します。そのため、壬申の乱、姉川の戦い、賤が岳の戦い、関が原の戦いといった、日本史上重要な合戦が古来からこの地域で勃発しており、城郭は戦略の重要な拠点となってきました。豊臣秀吉が石田光成を、徳川家康が井伊直正をそれぞれこの地に配したのも、その地理的な重要性からです。また、幕末の大老、井伊直弼は藩主となるまでの青春時代をこの城下町で過ごしています。直助がその不遇の時代をすごした屋敷は、「埋木舎(うもれぎのや)」として現存しています。

数多くの映画やドラマのロケ地として利用されたことで、知っている方も多いのではないでしょうか。たとえば、『武士の一分』や『大奥』にも登場しています。2006年には、日本の100名城の50番目にも選定されました。</description>
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         <pubDate>Thu, 03 Jan 2008 02:45:36 +0900</pubDate>
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         <title>世界遺産候補　平泉の文化遺産について調べてみました。</title>
         <description>岩手県平泉は、平安時代末期、奥州藤原氏四代が約100年にわたって文化を築いてきた地です。都の文化を受容しながら、仏教寺院・浄土庭園など、独自の文化を発達させました。平泉の文化遺産は、平成13年に「暫定リスト」に登録されました。岩手県では、平成20年の世界遺産登録を目指してさまざまな運動に取り組んでいます。

藤原氏の文化としてまず思い浮かべるのは、中尊寺でしょう。天台宗特有の一山寺院です。850年に慈覚大師円仁によって開山されたと伝えられます。その後、奥州藤原氏の初代清衡が本拠地を平泉に移し、造営したのです。大長寿院は、高さ15メートルという大きな建物で、中には、高さ9メートルの阿弥陀如像が
本尊として祀られています。平泉を侵攻した源頼朝が、大長寿院をみて驚き、鎌倉に永福寺を建てたといわれています。清衡は数々の大伽藍を建立し、1124年に金色堂を完成させました。金色堂は国宝となっています。他に類を見ない、平泉文化独自のものです。

その他、倉町遺跡、金鶏山、柳之御所遺跡など、平泉の文化遺産は奥深い魅力を誇っています。すでに世界遺産に登録された京都や奈良に続き、奥州の独自の文化として是非、世界遺産への登録が実現することを願います。</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">10世界遺産（２）</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 02 Jan 2008 04:26:24 +0900</pubDate>
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         <title>世界遺産の発端　アスワンハイダムについて説明します。</title>
         <description>海外旅行を楽しむ人が急増するなか、最近では何か目的をもって旅に出かける人が増えています。現地ならではの美味しい食べ物、ショッピング、観光・・・なかでもここ数年、最も注目を浴びているのは、「世界遺産めぐり」です。

ユネスコの世界遺産活動は、1960年代に始まったエジプトのアスワンハイダム建設に伴う水没の危機からヌビア遺跡群を救おう、とした、ヌビア水没遺跡救済キャンペーンから始まりました。世界60カ国の援助、技術支援で、ヌビア遺跡内のアブ・シンベル神殿が移築されたのです。大・小2つのアブ・シンベル神殿は、この移築により、もとの位置からそっくり６０m上に移動しました。これをきっかけに、開発から歴史的価値のある遺跡、建築物、自然などを国際的に守ろう、という機運が生まれたのです。

アスワンハイダムは、アスワンの町から南方12kｍの地点にある幅3600m、高さ１1１mの巨大なダムです。体積は2億379万ｍ２、東京ドームの約164個分です。エジプトが誇る巨大な建築です。ここから上流にかけて全長500kmにおよぶ人造湖、ナセル湖が続いています。琵琶湖の7.5倍といわれます。</description>
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         <pubDate>Tue, 01 Jan 2008 06:07:12 +0900</pubDate>
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         <title>世界遺産と共に暮らす人びと　エジプトヌビア人について調べてみました。</title>
         <description>ユネスコの世界遺産活動のきっかけとなったのは、アスワンハイダムの建設による水没からアブ・シンベル遺跡をはじめとするヌビア遺跡群を救おうとするキャンペーンでした。

このヌビア地方には、ヌビア人といって、エジプト人とは異なる風貌の人たちが昔から住んでいました。色黒で、ちぢれた髪をもつ人びとです。自分たちはエジプシャンでもアフリカンでもなく、ヌビア人である、という誇りと、持ち前の人懐っこさで訪れる人を温かく迎えてくれます。アスワンの岩窟墳墓のある丘から北を見ると、集落が広がっています。ヌビア村です。岩窟墳墓下の船着場かの近くからは小型の乗合トラックが出ており、チャーターして周ることもできます。ヌビア人は、エジプトの属国として支配されてきた歴史を持ちます。しかしその独特の言語、文化を維持し、現在でもその面影を垣間見ることができます。

エジプトにはハッジといって巡礼に行った人たちが家の壁に絵を描く習慣があります。通常は、サウジアラビアのメッカに至る交通や神殿の絵が描かれますが、ヌビア人の家々の白い壁には、その他にヌビア特有の絵(羽の生えた動物)が描かれています。ヌビア村の家々の玄関先には、魔よけのワニの剥製が飾られていたりします。また、「ヘンナ」と呼ばれる天然の染料でタトゥーを施す習慣があります。ヌビア風のきれいな幾何学紋様のデザインで、３週間ほど持続します。

確かに、アスワンハイダムの建設により、歴史ある遺跡がその存続を危ぶまれる危機に晒されました。しかしそのダム建設により砂漠に緑が戻りつつあるもの事実です。アブ・シンベル神殿には移築の跡が残っています。</description>
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         <pubDate>Mon, 31 Dec 2007 07:48:00 +0900</pubDate>
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         <title>アブ・シンベル神殿について調べてみました。</title>
         <description>1960年代のアスワンハイダム建設で水没を危惧された、アブ・シンベル神殿。アスワンの南280km、アスワンハイダム建設によってできた、人造湖であるナセル湖のほとりにあります。

アブ・シンベル神殿は、古代エジプト新王国時代第19王朝のラメセス２世によって建設されました。今から約３３００年前のことです。ラメセス2世は、カルナック神殿やルクソール神殿にも自分の巨像を残しています。よほど自己顕示欲が強かったのでしょう。大神殿正面には4体のラメセス2世像がまさにそびえたっています。その高さは20ｍ。あまりの大きさに圧倒されてしまうばかりです。その巨像の上にずらりと並んでいるのが、日の出を喜ぶ22体のヒヒ。ユニークなその姿には、思わず笑みがこぼれます。

入り口手前には、戦争捕虜のレリーフが残ります。アフリカ系の捕虜など、その顔つきは明らかにアラブ系とは異なります。

ライトアップされた大・小のアブ・シンベル神殿を見ていると、悠久の時間の思いを馳せると共に、このすばらしい遺跡がダムの水の底に沈まなくて本当に良かった、とつくづく思います。</description>
         <link>http://sekaiisan2.diet-yasetai.com/2007/12/post_23.html</link>
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         <pubDate>Sun, 30 Dec 2007 09:28:48 +0900</pubDate>
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         <title>世界遺産劇場について説明します。</title>
         <description>現在日本でユネスコの世界遺産に登録されているのは、14箇所です。文化遺産が11箇所、自然遺産が3箇所です。その日本全国の世界遺産を舞台に、劇場空間を設定し、わが国を代表するアーティストらがパフォーミングを繰り広げるのが、「世界遺産劇場」です。世界遺産をより多くの人びとに理解していただき、ユネスコの運動の普及と啓発を目指す活動のひとつです。

1972年、ユネスコは「世界遺産条約」を採択しました。貴重な文化遺産を次の世代へ世界的な協力によって受け継いでいくためです。その後、2003年には「無形文化遺産の保護に関する条約」を採択しました。有形の遺産に限らず、広く無形の文化遺産も後世に伝えていくためです。

ユネスコ創立60周年を記念し、日本では、今年誕生60年を迎える、「民間ユネスコ協会」が中心となり、2006年5月、奈良・東大寺大仏殿から始まり、2008年までの3年間、「世界遺産劇場」のアートプロジェクトを実施しています。

有形・無形の文化遺産に広く焦点をあて、世界遺産のある地域の人びとがその文化遺産を資源に、地域の風土にちなんだ個性と誇りを創造していこうという企画です。</description>
         <link>http://sekaiisan2.diet-yasetai.com/2007/12/post_22.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">10世界遺産（２）</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 29 Dec 2007 11:09:36 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>アフリカ　チュニジアの世界遺産について知りたい。</title>
         <description>チュニジアンブルーといわれる、青と白のアーチで知られるアフリカ大陸の最北端の国、チュニジア。日本の面積の3分の２ほどのとても歴史の古い国です。シシリー島のちょうど真向かい、まるでイタリアの靴の先でちょんっとつつかれてしまいそうな所に位置する、地中海に面した国です。

建物の多くは壁が白、窓とドアは青色です。いたるところに組み込まれたアーチがリゾート気分を誘います。ここは地中海屈指のバカンスの地。青い地中海を臨む一方で、南部はサハラ砂漠の出発地となります。

北アフリカの先住民族、ベルベル人が紀元前に王朝を打ちたて、その後、フェニキア人がカルタゴを建国しました。ローマ帝国との戦いのあと、ローマの属領となったかと思うと、7世紀にはイスラム帝国のアラブ人、更にはオスマントルコも入りました。さらにはレコンキスタによってスペインから逃れた難民までも入って、フランスの植民地となり、1956年に独立し共和国となったのです。

長い歴史のなかで、アラブ系、ラテン系、白人、黒人・・・
さまざまな人種が混在し、溶け合い、チュニジア独自のモザイク文化を生み出しています。

チュニジアには、その歴史を物語る遺産が数多く存在し、ユネスコの世界遺産には8件(文化遺産7件、自然遺産1件)が登録されています：

自然遺産
●イシュケル国立公園

文化遺産
●チュニスのメディナ
●カルタゴ遺跡
●エル・ジェムの円形闘技場
●ケルクアンの古代カルタゴ遺跡とその墓地遺跡
●スースのメディナ
●カイルアン
●ドゥッガ</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">10世界遺産（２）</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 28 Dec 2007 12:50:24 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>チュニジア　イシュケル国立公園について調べてみました。</title>
         <description>「日が昇る国」と呼ばれる日本に対し、アフリカの北端、地中海に面する小国、チュニジアはアラビア語でマグレブ(日の沈む場所)と呼ばれます。青い海と白い家のコントラストが美しい地中海沿岸の都市チュニス、その郊外の丘、シディ・ブ・サイドは、チュニジアで最も美しい街といわれます。南部には、サハラ砂漠の荒涼とした、でもどこか哀愁をおびた風景が広がります。

日本からはるかかなたのアフリカのこの地は、実は、映画「スターウォーズ」や「イングリッシュペイジェント」など、数々の映画のロケ地となり、映画ファンには懐かしさを感じさせます。また、チュニジア北部の地中海沿岸近くの湖、イシュケル湖を含む「イシュケル国立公園」は、毎年何十万もの渡り鳥が訪れる手つかずの湿原地帯です。イシュケル国立公園は、渡り鳥の重要な中継地として、1980年以来、ユネスコの世界自然遺産に登録されています。

1996年以来、イシュケル国立公園は、ユネスコの危機遺産にも登録されました。チュニジア政府は、真水の保持、塩分の減少のために幾つかのステップを試みました。しかし塩分濃度の極度の上昇により、回復の可能性が急速に失われていることが、国際自然保護連合(IUCN)により報告されています。</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">10世界遺産（２）</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 27 Dec 2007 14:31:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>世界遺産候補　富岡製糸場と絹産業遺跡群について調べてみました。</title>
         <description>絹(生糸)は、開国直後の日本においてお茶と並び、利益が期待された輸出品でした。群馬県富岡市にある「富岡製糸場」は、日本初の器械製糸工場です。明治5年(1872年)に操業を開始し、現在は、約1万5千坪の敷地内に開設当時の繭倉庫、繰糸場など、煉瓦建造物が当時のままの姿で残っています。

平成17年(2005年)に、「旧富岡製糸場」として国の史跡に指定され、翌年の平成18年(2006年)には、明治8年(1875年)以前の建造物が国の重要文化財として指定されました。

現在、この富岡製糸場およびそれに関連する絹産業遺跡群は世界遺産の暫定リストに登録(文化遺産)されています(２００７年)。群馬県は富岡製糸場を中心とするこれらの遺跡群の世界遺産登録に向けて、「富岡製糸場　世界遺産登録推進委員会」を設置し、遺跡の各種調査、研究、およびPR活動を行っています。

富岡製糸場世界遺産伝道師協会と連係して講座を開催するなど、広報活動も展開しています。

まさに地域あげての活動は、世界遺産およびその候補の物件を有する地域が、自らの資産の価値を再確認し、誇りをもって維持していくきっかけとなっていると思います。</description>
         <link>http://sekaiisan2.diet-yasetai.com/2007/12/post_19.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">10世界遺産（２）</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 26 Dec 2007 16:12:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>世界遺産候補　飛鳥・藤原の宮都とその関連遺跡群について知りたい。</title>
         <description>ＪＲ京都駅から近鉄線に乗り、飛鳥駅で下車、そこからバスまたは徒歩で少し行った、奈良県の東部には飛鳥・藤原の宮都とその関連遺跡群が広がっています。飛鳥・藤原は、592年に推古天皇が飛鳥に豊浦宮を開いて以来、794年に平城京へ遷都されるまで、飛鳥時代の歴代の天皇が宮をおいた地域です。

実際、遺跡の大半は地下に遺存するため歴史的建造物はありませんが、ここは、天皇が政治を行った古代都市の歴史を偲ばせる、貴重な空間なのです。

石舞台古墳、高松塚古墳、キトラ古墳などの他、大和三山(耳成山、畝傍山、天香具山)など多数の遺跡が残っています。

これらの遺跡群は、2007年　ユネスコの世界遺産登録を目指し、「富岡製糸場と絹産業遺跡群」(群馬県)、「富士山」(静岡県・山梨県)、「長崎の教会群とキリスト教関連遺跡」(長崎県)と共に、世界遺産暫定リストに登録されました。

大きな岩がそびえる「石舞台古墳」など、古代の香り高いこの飛鳥・藤原の宮都とその関連の遺跡群は世界遺産に登録され、その普遍的な価値を再認識される日が早く来るといい、と日本人として切に思います。</description>
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         <pubDate>Tue, 25 Dec 2007 17:52:48 +0900</pubDate>
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         <title>世界遺産候補　長崎の教会群とキリスト教関連遺跡について説明します。</title>
         <description>長崎県には、現在、全国の約15パーセントものキリスト教信徒が在住し、キリスト教文化の色濃い地域です。2007年にユネスコの世界遺産暫定リスト(文化遺産)に登録された「長崎の教会群とキリスト教関連遺跡」は、長崎県の西部海岸沿いと五島列島の島々に点在する教会群とその関連遺跡を指します。登録を目指しているのは、原爆被爆後に再建された大浦天主堂をはじめとする以下の資産です：旧羅典神学校、黒島天主堂、旧五輪教会堂、青砂ヶ浦天主堂、頭ヶ島天主堂、田平天主堂、旧出津救助院、出津教会、大野教会、堂崎教会、旧野首教会、江上教会、宝亀教会、原城跡、吉利支丹墓碑、日野江城跡、日本二十六聖人殉教地、ド・ロ神父遺跡、サント・ドミンゴ教会跡など。

長崎の教会群とキリスト関連遺跡は、ユネスコの文化遺産登録基準の２，３，４，５を満たすとしてその認定が待たれています。具体的には次の点があげられています。なかでも基準６は、その迫害と殉教の歴史を前面に押し出し、この遺跡の独自の特徴を示しています：</description>
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         <pubDate>Mon, 24 Dec 2007 19:33:36 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>エジプトの世界遺産について知りたい。</title>
         <description>コラム30　世界遺産その２　エジプトの世界遺産

ユネスコの世界遺産活動の発端となった、アブ・シンベル神殿をはじめとする、「アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア人の建造物」の他、エジプトには７つの世界遺産が(自然遺産1件、文化遺産6件)が登録されています。

自然遺産
●ワディ・アル＝ヒタン(鯨の谷)
ガバル・ゴハンアムの麓に広がる谷。ガバル・ゴハンナムとはアラビア語で「地獄の山」を意味します。

文化遺産
●「アブ・シンベルからフェラエまでのヌビア遺跡群」
アスワン・ハイダムの建設によって水没の危機にさらされた、アブ・シンベル大神殿・小神殿、フィラエ神殿、カラブシャ神殿などのヌビア地方の遺跡群を指します。ユネスコの世界遺産登録の先駆けとなった、救済キャンペーンによって、神殿14、聖堂３、墳墓１水没を免れ、現在に至っています。

●「メンフィスとその墓石遺跡＝ギザからダハシュールまでのピラミッド群」
エジプトといえば、真っ先に思い浮かべるのがピラミッド。世界遺産では、ギザのピラミッド、サッカラの階段ピラミッド、ダハシュールの屈折ピラミッド、メンフィスの遺跡などの建造物が文化遺産に登録されています。

●「イスラム都市カイロ」
エジプトの首都、カイロのイスラム地区やオールドカイロにある7世紀から20世紀に建てられた建造物を指します。喧騒に溢れるなか、街にはイスラムの礼拝、アザーンが1日5回流れます。</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">10世界遺産（２）</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 23 Dec 2007 21:14:24 +0900</pubDate>
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         <title>環境開発と世界遺産について知りたい。</title>
         <description>エジプトのアスワンハイダムといえば、ユネスコの世界遺産活動の発端となったことで有名です。この巨大なダムの建設により、アブ・シンベル神殿をはじめとするヌビア人の建設群が水没の危機にさらされることになったからです。

アスワンハイダムの建設計画がもちあがったのは1960年代です。そしてドイツとソ連の協力によって完成したのは、1970年でした。実はそれよりも前、イギリス支配時代にイギリスが着工し、1902年に完成したダムがありました。アスワンダムです。当時としては世界最大のダムでした。爆発的に増加する人口に対して、毎年氾濫するナイル川を何とかコントロールし、エジプトの農業生産を向上することで問題の解決を図ろうとしたのです。しかし結局、この計画はうまくいかず、アスワンハイダムの建設に至ったのです。

アスワンハイダムからアブ・シンベル神殿へと向かう道程はひたすら砂漠のなかを抜ける、果てしない、気が遠くなるような時間です。アブ・シンベルまであと1時間ほどのところにトシュカと呼ばれる町があります。この地は、アスワンハイダムができる前はナイル川の氾濫で時おり水が流れ込むことがありました。現在、このトシュカの町で、エジプト政府が推し進めているのが、「トシュカ・プロジェクト」です。アスワンハイダムの建設でできた人造湖、ナセル湖の水を運河によって砂漠へ運び、耕地を造成するという途方もない計画です。660億US＄という膨大な費用を要し、急ピッチで進められた結果、ポンプが完成、2002年には運転を開始しました。

洪水から人びとの生活を守るために作られたダム、その建設のために移築を迫られた古代遺跡、多くの犠牲を払って完成したダムは、本当に人びとの幸せをもたらすのか、世界遺産の地は、今も目を離せない問題が山済みです。</description>
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         <pubDate>Sat, 22 Dec 2007 22:55:12 +0900</pubDate>
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